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コラム|Column

※本内容は 2015 年の取材を元に作成し、記事中の各種情報は 2015 年 12 月現在のものです。

「過去に大型のクロスボーダーM&Aを実施した日本企業のその後の利益の推移を見る限り、数社を除き日本企業のM&Aの大半は不本意な結果に終っている。また買収後、経営がうまくいかず撤退した事例も多い。」と語る毛利氏。成功するM&Aを推進するため、従来からの固定概念を捨て、いくつかの留意点について改めて考察していきます。

グローバルコンペティションの激化

すでに市場が成熟化している先進国での過当競争から目を転じ、今後の成長性という点で魅力的な新興国市場を狙っているのは、日本企業に限りません。これからマーケットが急成長していく段階で、いかに他社に先駆けて自社の競争優位性を確立するか、欧米の企業をはじめとする各国企業が新興市場の覇権を虎視肱々と狙っています。

例えばパーソナルコンピュータやタブレット、モバイル機器などの電子機器分野では、IT関連機器の集積地である台湾や、世界的な市場シェアを獲得している韓国、市場規模の大きい中国やインドなど、外国資本の企業からの攻勢に対して、現地資本の企業もめきめきと力をつけ始め、急速にその存在感を増してきています。

現時点ではまだ、多くの新興国市場でのマーケット全体の成長ポテンシャルはかなり残されており、プレイヤーの顔ぶれも完全に固定化しているわけではありません。しかし市場が成熟してくれば、勝ち組と負け組の差が出始めます。最終的には、成熟した先進国市場と同様、そこで勝ち残れる企業は上位数社に限られてきます。各社でパイをわけ合うといったそれまでのやり方が崩れ、新興国市場においても、他社との競争の波に一気に飲み込まれる日がやってくるということです。

そしてすでに緊迫した状態が新興国市場で起こりつつあります。外国資本、現地資本を問わず世界中の企業が、成長性の高い新興国市場で自社の競争優位性を確立すべく、勝ち残りを賭けた厳しい競争を繰り広げているのです。

勝ち残り企業の条件

新興国市場においても日々激化するグローバルコンペティション。新興国市場にいち早く目をつけてビジネスを展開してきた先行者メリットは、徐々に薄れはじめています。勝ち組として競争優位性を確立する企業の条件とは何でしょうか。

そのために欠かすことのできないポイントがいくつかありますが、まず重要な要素としては、「スピード」です。市場での商品やサービスの認知は、最初は最も先進的なイノベーター(革新者)と呼ばれる消費者層に受け入れられます。次に、新しいものに敏感なアーリーアダプターと呼ばれる利用者層に広まり、それから徐々に保守的な利用者層に広がっていくというプロセスを踏みます。この時、製品やサービスが爆発的に普及するポイントがクリティカルマスです。新興市場では、いちはやく競合他社に先駆けてこのポイントを獲得できるかどうかが勝負の分れ目となります。

そうした意味で、市場に製品やサービスを投入した初期段階(イノベーターからアーリーアダプターフェーズ)で製品の認知スピードを上げるため、時聞を買う戦略として「クロスボーダーM&A」が注目されています。新たなグローバル化のフェーズでは、かつて日本の自動車メーカーがとったような、自前の成長(M&Aによる成長との対比で、しばしば「オーガニック・グロース」と呼ばれる)戦略では時聞がかかりすぎ、他社に先駆けてクリティカルマスを獲得するには限界があるからです。

このような議論を反映してか、日本企業が海外の企業を買収する大型クロスボーダーM&Aのニュースがこのところ毎日のように新聞紙上に取り上げられています。クロスボーダーM&Aの案件先企業として名が挙がる会社の多くは、成長市場であるアジアに拠点があります。誰もがその存在を知る、歴史あるグローバルブランドが対象企業になることも少なくありません。これは、欧米内で一定のマーケットシェアを確保する目的もありますが、真の狙いはその背後にあります。それは、新興国市場へ向けたグローバル展開で日本に一歩先行する欧米多国籍企業を通じて、後発である日本企業が新興国市場でもっとも確保したいボリュームゾーン(中間所得層)のマーケットシェアを、間接的にせよ瞬時に獲得するという戦略です。

毛利 正人 氏

東洋大学 国際学部 グローバル・イノベーション学科 教授
GRCアドバイザリー 毛利正人事務所代表
米国公認会計士、公認内部監査人、公認情報システム監査人

早稲田大学政治経済学部卒業(経済学)、米国ジョージワシントン大学修士課程修了(会計学)。国内大手企業、国際機関(在ワシントンDC)、大手監査法人エンタープライズリスクサービス部門ディレクター、外資系リスクコンサルティング会社代表を経て現職。日本企業の海外子会社に対するコーポレートガバナンスサービスを専門としており、欧州、米州、オセアニア、アフリカ、アジア、中国などの世界各地で、内部監査、リスクマネジメント、買収海外子会社の調査、コーポレートガバナンス体制導入のためのプロジェクトを数多く実施。著書に『リスクインテリジェンスカンパニー』(共著、日本経済新聞出版社、2009年)、『内部監査実務ハンドブック』(共著、中央経済社、初版:2009年、第2版:2013年)、『図解 海外子会社マネジメント入門』(東洋経済新報社、初版: 2014年)がある。