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コラム|Column

※本内容は 2016 年の取材を元に作成し、記事中の各種情報は 2016 年 1 月現在のものです。

グローバル経営における「攻め」と「守り」

毛利氏は、「海外子会社経営に失敗した会社に共通しているのは、経営のトップマネジメントが、失敗後の改善策として〝ガバナンス強化〟を標榜することです。このガバナンス強化とは何かというのが、私の問題提起です。本社から現地に駐在員を派遣することで解決するのでしょうか。あるいは本社からの管理を強くするということなのでしょうか。海外子会社に対するガバナンスを強化するということ、それは具体的にはどういうことなのでしょうか」とガバナンスの意味にしっかり向き合うことを提言しています。

国際化の波に乗ったグローバルスケールでの大胆な事業戦略や先進のマーケティング、国際基準を満たした財務・予算・キャッシュフロー管理、国際税務戦略、ボーダレスな人材マネジメント、積極果敢にリスクを取っていくクロスボーダーM&Aなど、華々しい攻めの分野は海外子会社マネジメントの核となる領域です。これらのアグレッシブな分野は、多くの日本企業が日夜全力を挙げて強化しています。

こうした攻めの分野が重要視される一方で、当該の海外子会社のみならず、親会社を含むグループ全体の事業破たんやブランドイメージの毀損をいかに回避するかという守りの領域があります。

海外子会社のリスクマネジメントについては、海外経営の歴史が長い欧米のグローバル企業に肩を並べるレベルにある、と言い切れる日本企業はまだまだ少ないのが実情です。グローバル経営における海外子会社のマネジメントでは、果敢な攻めと堅実な守りのバランスをうまく操っていくことが成功の鍵となります。現状、攻めの分野を重視する傾向が目立つ日本企業には、守りの分野の重要性に対する認識と実務能力の強化が必要です。

権限委譲との関係

守りの分野の強化といっても、グローバル化の第一段階のように、本社主導で日本人駐在員を現地に送り込み、トップダウンで守りの組織づくりを実行する手法には限界があります。今日の新たなグローバル化のフェーズでは、海外子会社に積極的に権限を委譲していくことが求められます。しかしここで、現地への適切な権限委譲と本社からの適度なコントロールのバランスをとれなければ、両極端な2つの失敗パターンを生んでしまいます。

海外での実際の事業運営に関しては、日本本社が現地の事情をすべて把握して指示を出し続けることなどできません。したがって、日常的な意思決定については、積極的な現地への権限委譲が求められます。無理に本社からトップダウンでコントロールしようとすれば、現地組織の機動性を奪ってしまうことになるからです。しかしその一方で、過度に権限を委譲(放置)してしまうやり方も失敗の可能性が高いと言えます。せっかく買収した子会社が、個々の企業毎にバラバラに行動してしまっては、グループとしての相乗効果が得られません。そればかりか、ひとたび子会社の不法行為などが発覚すれば、親会社の経営が揺らぐほどの損失にもつながります。グループ全体の企業イメージを回復不能なほど悪化させてしまうリスクまで伴います。欧州の金融グループのアジアの海外子会社の事例のように、たった1人のディーラーの不正デリバティブ取引によってグループ全体が破綻したケースも現実にあります。このような最悪の事態を避けるためには、海外子会社への権限委譲を進めると同時に、本社からの一定のコントロールが欠かせません。

成功するグローバル経営には、現地への適切な権限委譲と、本社からのコントロールという絶妙なバランスが求められるのです。

毛利氏は、権限委譲と本社からのコントロールのバランスについて次のように語ります。「事業に関しては、ディセントラリゼーションというのが非常に重要です。権限委譲による意思決定プロセスの分散化のことですが、現地の人材に生き生きと働いてもらうために、更に子会社に一定の自治権を与えるという議論も出てくると思います。ところが、一方で経営に関しては、セントラリゼーション(集中化)ということが常に話題にのぼるわけです。どちらをとればいいのかということになりますね。これに関してわかりやすい例を挙げると、個人情報保護やITセキュリティなどのコンプライアンスマターについて、例えばベトナムの子会社は例外としてローカルにセキュリティを甘くしていいといった話にはなりません。情報漏えいした際に会社が受けるダメージは同じですから。日本並みか、あるいはグローバルなレベルが求められるということです」。事業運営の軸は、現地に自由闊達に活動してもらい実績をあげるためにディセントラリゼーションでも、コンプライアンスなどの管理の軸は本社を中心としたセントラリゼーションの体制が求められます。

毛利 正人 氏

東洋大学 国際学部 グローバル・イノベーション学科 教授
GRCアドバイザリー 毛利正人事務所代表
米国公認会計士、公認内部監査人、公認情報システム監査人

早稲田大学政治経済学部卒業(経済学)、米国ジョージワシントン大学修士課程修了(会計学)。国内大手企業、国際機関(在ワシントンDC)、大手監査法人エンタープライズリスクサービス部門ディレクター、外資系リスクコンサルティング会社代表を経て現職。日本企業の海外子会社に対するコーポレートガバナンスサービスを専門としており、欧州、米州、オセアニア、アフリカ、アジア、中国などの世界各地で、内部監査、リスクマネジメント、買収海外子会社の調査、コーポレートガバナンス体制導入のためのプロジェクトを数多く実施。著書に『リスクインテリジェンスカンパニー』(共著、日本経済新聞出版社、2009年)、『内部監査実務ハンドブック』(共著、中央経済社、初版:2009年、第2版:2013年)、『図解 海外子会社マネジメント入門』(東洋経済新報社、初版: 2014年)がある。